釈迦ヶ岳:奈良大嶺山系 2024年7月8日  
 
 
釈迦ヶ岳山頂にやって来た。この観音さんは我が友人の水島さんの爺様が寄贈したとか、帰ったらまた
写真を送らねばと思って記念撮影をした。
 気温は大阪の35度に比べ20度ぐらいか 標高は1800M
 
 
 
 
 
 「山で ソーメンを食べましょう」  「コンロ・ボンベ 持っていく」  「出汁と薬味 もっていく」
 
 
 今回の山は 真鍋・難波・岡村の三人の予定だった 出発して10分 家を出ようとしたら 「ぎっくり腰 
伝い歩きしかできない」というラインがMさんから。「あちゃ〜 残念」ソーメン出汁をゲットしなくては・・。
 
 
車を走らせながら  ソーメン出汁 3件目のコンビニで やっとゲット これで 食べられる 薬味がなくても・・
 
 
 「あ 忘れた」と声がした。「なにを」「ソーメン汁を車に置いて来た」「え・・」唖然としたがもう引き返せない、
「あちゃ〜」おにぎりを二つ買っていたのでよかったが、全山行程がシャリばて気味である、飯がないのは辛い。
 
 
 
 
 
 
 
 
 同道の難波さんが、「おおお ここは素晴らしい きれい 前回の 大台ヶ原もよかったけど ここも素晴らしい」
と感嘆の声を上げておられる。そう言われあらためて見てたしかに綺麗、まったりしたポコリンが続く、
膝ぐらいの笹が草原を思わせる、樹々がまばらで見通しもいい、白い雲が半分ぐらいの青い空、いいねえ、きれいねえ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 標高1500M 以上の このあたり 笹がいい 樹がいい ぽこりんがいい 鹿を何度も見かけた
 
 
 
 
 
 
 
 
いい山だ 涼しい 下界は猛暑かな
 
 
 
 
 

「あ 忘れた」と声がした。「なにを」「ソーメン汁」「え・・」唖然としたがもう引き返せない、「あちゃ〜」である。おにぎりを二つ買っていたのでよかったが、全山行程がシャリばて気味である、飯がないのは辛い。

 
 
 
 
 
タイヤがパンク こらあ やべえ 
 
 
  車のマニュアル本を家に置いていた、帰り道の坂で、エンジンブレーキをかけてもっとゆっくり
走るべきだった、おっさんが自分の車のタイヤ交換ぐらいできなくてどうする、反省しきりだ。
 
 
「 パンク、弱ったな、ええい JAFに電話だ」 なんと山の中、電波が通じない。3人連れの方が止まってくれ、
「おひとり 電話の通じるところまで 乗りませんか」と言ってくれ、難波さんに乗ってもらった。
オレは3時間以上待った。山の中では修理の車はすぐには来てくれない。難波さん、下の国道168号線
まで乗せてもらいJAFに電話をして2時間ほど道沿いで待ってくれ、トラックに乗って登って来てくれた。
 
 
 50歳代 北岳手前で 車が止まった 「なんで???」 たまたまあった人家の電話を借り 車屋を呼んだ
「ヒューズが飛んだだけ 」 「ヒューズなんて あるの・・?」 この時は 半日待ち 出張料金を払った
 
 
 
 
 
JAFのあんちゃんが、取り外したタイヤを転がし、「どこだ どこだ あ これだ これはもう 破棄だ 
修繕はできない」という。秋に、4本全部換えるつもりだったので、ちょっと早いが換えることにした。
スペアータイヤは距離が100キロまで、時速は80キロまでとなっている。家まで高速道路を
使って距離100キロ以上を、時速も100キロ以上出して帰り着いた。
 
 
 アトリエ定点風景
タイヤをなんとかしなくっちゃ あせりの オレ 翌日にネットで調べ 電話をしまくった すぐに車が要る予定
その日に一津屋方面でタイヤ屋を見つけ運動がてら歩いていった 話を決め その翌日にタイヤは完璧になった
イタリヤ:ピレリ:62000円也:快適だ